あらゆるジャンルに汎用性の高い1冊
本書『潜入取材、全手法』は、全253ページからなる新書であり、
テレビや週刊誌で話題となった数々の潜入ルポを手がけてきた著者
による書き下ろし作品だ。
筆者は、週刊文春などで某アパレルメーカーへの潜入記事を執筆するなど、
その手腕が広く知られており、本書はそんな彼の取材ノウハウを
惜しみなく開示した一冊となっている。
本書を手に取ったのは、まさにその潜入記事を
読んだことがきっかけだった。
◆“現場に潜る”という古典的かつ最新の取材姿勢
著者は、かつての立花隆や佐木隆三といった、骨太なノンフィクション
作家の系譜に連なる人物だと感じた。
単に表層をなぞるのではなく、自らの身体と時間を投じて現場に潜り込み、
情報をつかみ取る姿勢には、時代を超えて共通するジャーナリズムの
精神が宿っている。
◆誰でも使える、実践的な取材のノウハウ集
本書の最大の魅力は、ジャンルを問わずあらゆる場面に
応用可能な取材手法が活字で具体的に示されている点にある。
たとえば、潜入の際の身のこなし、録音・録画の工夫まで、
読者にとっては“裏技”のような情報が次々と飛び出す。
さらに、アメリカの大統領選におけるファクトチェック手法を
応用した裏取りの技術などについても丁寧に記されている。
◆「書き手の覚悟」を問う視点
印象深いのは、「原稿を取材相手に事前に見せてはならない」
という姿勢だ。書き手が忖度すれば、報道は広報と化す。
実際に、ある企業がパワハラ訴訟を抱えた際に記事にした後、
その企業の記念行事では“お祝い記事”を掲載したメディアがあり、
その姿勢を筆者は痛烈に批判する。
「批判精神を放棄した報道は、PR記事に堕する」
――この言葉は、ジャーナリズムに限らず、
個人がブログやSNSで発信する時にも問われる態度である。
個人のブログやSNSが必ずしも問題提起ばかりするわけではないが、
数字や参考資料をできるだけ列挙し、わかりやすい書き方にすること
に重きをおく場合に参考になる。
◆海外での学びと就職活動のリアル
筆者の個人的なエピソードもまた、読者の心に残るだろう。
就職活動の苦い記憶や、アメリカの大学でジャーナリズムを
学んだ経験、模擬記者会見の授業の臨場感など、
リアルな経験談が織り込まれている。
教室で警察の広報官役の教授と、記者役の生徒が模擬会見を
行い、記事を書き上げるという授業スタイルは、
日本でも危機管理訓練でよく見る手法であり興味深い。
◆記録こそが身を守る武器になる
特に印象的だったのは、「記録を残すこと」の重要性だ。
録音やメモといった日常的な行為が、個人を守る最も確実な
手段となることを説く。
近年、スラップ訴訟によって書き手が萎縮する現象も増えている中、
本書はそうした圧力に屈せず、記録と調査によって真実をつかむ
大切さを語っている。パワハラやセクハラで労働局に足を運ぶ際の
参考になるだろう。
◆「良い読み手」こそが「良い書き手」をつくる
「良い書き手になるには、まず良い読み手であれ」
――これは本書の最後に示される、非常にシンプルで力強いメッセージだ。
単に記者やライターだけでなく、自費出版やブログを通じて何かを
発信する人にとっても、有効な姿勢である。
『潜入取材、全手法』は、情報社会を生き抜く知恵と技術を
提供する一冊であり、そして「書くこと」への誠実なまなざしに
満ちた実践的教科書だ。
日常の中でこそ活かしたい、多くのヒントにあふれていた。
新書で一気に読ませる作品であるのは間違いない。
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