考古学者の現実—ロマンと雑務の狭間で
考古学と聞くと、発掘現場で土にまみれながら
古代文明の謎を解き明かす研究者の姿を想像するかもしれない。
しかし、本書はそんなロマンあふれるイメージを覆し、
現代の考古学者たちの意外な日常をユーモラスに描き出している。
本書では、エジプト考古学者、中国考古学者、中米考古学者の3人が、
それぞれの研究を志した動機や日々の仕事について綴っている。
考古学といえば遺跡発掘や歴史の解明といった壮大なテーマが連想
されるが、実際の研究者の仕事は意外なほど
「雑務」に追われていることが、本書を読むとよくわかる。
◆研究よりも広報?大学教員の働き方改革は必須
特に大学に所属する研究者たちは、研究活動だけでなく、
大学広報の仕事、出張模擬授業、学会の運営など、
研究以外の業務に多くの時間を取られている。
学生募集のための活動に忙殺され、肝心の研究が後回しに
なる現状は、考古学者だけでなく、現代の大学教員全般に
共通する問題と言えるだろう。
本書が特に鋭く描くのは、少子化の影響を受ける首都圏の
中堅私立大学における教員の立場の変化だ。
かつては研究や教育に専念できた大学教員も、今では入学
センターや広報室を通じて個別に対応する学生への対応業務に
追われている。
大学にとって、入学希望者を増やすことが最重要課題となり、
教員たちは「自由に研究する立場」から「大学の営業活動を支える一員」
へと変貌を遂げつつある。
◆コンプライアンスと研究時間—縛られる考古学者
さらに、現代の大学では「コンプライアンス」の名のもとに、
教員の行動が厳しく管理されるようになった。
本書では、休講を頻繁にする教員が問題視されるだけでなく、
補講を求められる機会が増えたことについても触れられている。
遺跡発掘に出かけるとなれば、休講はやむを得ない場合もあるだろう
と想像できるのだが、学生対応の厳格化により、考古学者たちは
研究時間を確保することがますます難しくなっているのだ。
◆発掘現場への道—考古学を志す人へ
また、遺跡発掘を志す学生からの問い合わせも多く、
実際にどうすれば発掘現場に参加できるのかが語られている。
発掘に必要なのは体力だけではなく、アラビア語や英語の語学力、
似顔絵のスキル、さらにはサッカーの技術など、
意外な能力が役立つことが紹介される点も興味深い。
◆国内発掘のススメ—足元にある実践の場
海外の発掘現場ばかりに目が向きがちだが、
国内の発掘調査、特に大学周辺の市町村での
発掘アルバイトが実践的な経験を積むのに最適で
あることも指摘されている。
実際、このアルバイトをきっかけに大学教員や
博物館の学芸員になった人もいる。
◆発掘現場の食事情—味覚で知る異文化
さらに、本書では発掘現場での「食」に関する描写も
秀逸である。
調査中に味わう生ハムやケーキといった食事の
エピソード、高価なピラミッドの入場料やラクダ使い
とのやり取りなど、リアルな現場の雰囲気が伝わってくる。
◆考古学者の苦悩—盗掘団、資金難、そしてキャリア形成
調査地や文明が異なっても、考古学者たちの苦労は共通している。
例えば、発掘調査が終わった直後に盗掘団が襲来する問題や、
JICAの海外ボランティア派遣制度や青年海外協力隊の訓練の描写は、
海外経験を積みたい人にとっての参考資料にもなる。
発掘作業においては、暑さ、毒ヘビ、マダニといった自然環境との
闘いも避けられない。
加えて、考古学者としてのキャリア形成や研究資金の獲得の難しさ
についても本書は触れている。
特に、日本学術振興会が提供する給付型の研究奨励金は助かるが、
一方で、某・学士院奨励賞のように「万年筆一本」で済ませられて
しまう研究奨励の在り方には驚かされる。
世間一般では、介護や福祉の現場における「やりがい搾取」が
問題視されているが、学術研究の世界でも同様の構造がある。
研究者が雑務に追われ、研究資金が不足し、海外へ優秀な人材が
流出する現状に対し、本書は鋭い問題提起を行っている。
◆「知のリスク」と文化消失の危機
本書を読むことで、「知のリスク」は
単なる個人のキャリアの問題ではなく、積み重なれば
「文化消失のリスク」に直結することが実感できる。
考古学者の日常を通して、学術界全体が抱える課題を
浮き彫りにする一冊だ。
全255ページの本書は、考古学者を目指す学生はもちろん、
教育現場や学術研究の未来に関心のある読者にとっても
示唆に富んだ内容となっている。
※ご紹介した「考古学者だけど、発掘が出来ません。多忙すぎる日常」はこちら⇒クリック