豊富な人生経験を交えて語られる今の世にも通じる知恵
昨年から何度もテレビニュースや紙面を賑わしてきた
「クマが市街地に出没」
「けが人が出た」ニュース。
私も自著「もしもに備える 災害・くらしのリスクガイド」
で紹介させていただいたところである。
自然を残しながら、野生動物といかに折り合いをつけていくのか?
生き残っていくのか?その大きなヒントになっているのが本著である。
◆生きるために入ったクマ猟
本書は姉崎等さんという狩人から、映像作家の片山龍峰さんが
インタビューする形式で書かれている。
大正十二年(関東大震災の年)に北海道鵡川村のキリタップで
生まれた姉崎さんは、小学3年生で父を亡くし、家族を養うために
狩猟生活に入っている。
早起きして魚を釣り、旅館に売りさばく仕事をしながら、
山でイタチやウサギの狩猟を始めた。
出征するも生き抜き、戦後は千歳の米軍基地で働きながら
夜はイタチ猟をして稼ぐというたくましさ。
そこから兼業のクマハンターになられたのであるが、
グループ猟で動くのが定石のクマ猟で、単独行動したことから
クマの生態を独学で学ぶようになったのだ。
クマ以外の猟経験も豊富に出てきて、サケ・マス・リス等、
文字通り生きるために狩猟する姿が描写されているが、
動物の生態を一つ一つ詳細に覚えていることに驚いた。
クマが動かした木の振動でキノコが育つ、
そのキノコも高い値段で売れる等、栽培への知識も参考になった。
◆クマの知恵、本当の姿、対処法
長期のクマ籠りのために携帯する食料(コンビニがない時代)や
食事の回数、木のつるを切って液を飲む話もざっくばらんに語って
いるが、まさにサバイバルである。
かといって悲壮感はなく、経験談を朴訥に語っている雰囲気がある。
単純にクマ退治の指南書なのではなく、クマの習性、自然の恵み、
伝承文化についての造形も非常に深い。ファーブル昆虫記やシートン
動物記に並ぶ「クマ行動記」のような感じで読みごたえも満点。
本書では第5章に「クマにあったらどうするか」という章がある。
終戦直後の食糧難でイチゴ栽培をしていたおばあさんが襲われた
エピソードの紹介から、クマの習性について分析されているのだが
1.ヒトを一度襲ったクマは味を覚えてまたヒトを襲うようになる
2.またヒトを狙って降りてくるので、逆に狙いやすい
3.家畜を襲うクマの方が退治しにくい
4.背中を向けて逃げるのは危ない
5.クマを見たら「ウォー」と大きい声を出す
6.大きいクマは気性がおとなしい、むしろ危ないのは若いクマ
これだけのことでも、非常に参考になった。
他にも撃退法として「これは有効」「これはどうかな?」というのを、
インタビュアーの質問に合わせてざっくばらんに答えている。
この本がクマ退治に苦慮している自治体や狩猟関係者のひそかな
ロングセラーになっている(らしい)理由がよくわかった。
姉崎さんのすすめる10箇条というのもちゃんと紹介されている。
◆クマとの共存
クマ猟を辞めた姉崎さんは、クマ被害を予防する防除隊員として
様々なアドバイスを残しているが、山菜取りや渓流釣りでクマの領域に
入り過ぎた人間への苦言もある。
食べ物を責任もって持ち帰るというルールや、国の伐採計画についても
元・営林署勤務だった経験を生かして鋭い指摘があった。
単純なノウハウ本ではない、生物の匂いを熟知した人の英知がつまった
貴重な記録である。
※ご紹介した「クマにあったらどうするか」はこちら⇒クリック