• 地域のエレガントな知恵袋~Elegant wisdom for our town 〜 OFFICE UKAWA G.K.

    過去2回にわたって取り上げた「ザ・ベストテン」ですが、11月3日(月)に1980年8月14日のものが、CSのTBSチャンネル2で再放送されましたので、それについて書きます。

    ◆目玉は「青い珊瑚礁」初登場回ではあったが…

    1980年8月14日(木)放送回の順位をご紹介(敬称略)

    1位:ダンシング・オールナイト(もんた&ブラザーズ)
    2位:哀愁でいと(田原俊彦)
    3位:順子(長渕剛)
    4位:エンドレス・サマー(西城秀樹)
    5位:別れても好きな人(ロスインディオス&シルヴィア)
    6位:トゥナイト(シャネルズ)
    7位:ロックンロール・ウィドウ(山口百恵)
    8位:青い珊瑚礁(松田聖子)
    9位:Yes・No(オフコース)
    10位:狂った果実(アリス)

    このうちスタジオ登場したのは、10位、2位、1位の3組で、中継が8位、5位、4位。オフコースと長渕剛さんはレコーディング、山口百恵さんは引退関連のラジオ出演、シャネルズはさる事情による出演見合わせの回でした。
    逆に言えば、放送時間がやや潤沢に使える!ということで松田聖子さんの初登場回の羽田空港での歌唱場面が設定されたんだなあということが、今になると何となくわかります。
    この登場回の裏話については、ザ・ベストテンのプロデューサーだった山田修爾さんが著作や、2013年のインタビュー「テレビがくれた夢」というので度々語っておられますので、ご存知の方が多いかもしれません。
    札幌千歳空港発の全日空機が定刻より5分早く到着するかもしれないということになり、

    飛行機のスピードをもっと遅くしてもらえませんか
    …飛行機という乗り物は、スピードをつけているから空を飛べるんですよ

    というやりとりがあったものの、飛行機は向かい風に乗って定刻通りに到着、滑走路で「青い珊瑚礁」を歌いました。
    放送開始1週間前から、全日空関係者と羽田空港に出向いて申請書類提出、各省ごとの認可を受けて放送当日を迎えたといいますが、その交渉過程の方がビジネス上、知りたいくらいです。
    この中継でもう一つ面白かったのは、追っかけマンとして羽田空港に到着した松宮一彦アナウンサーのお話です。着陸から滑走路に到着するまで、ざっと3~5分程度の時間があったのですが、飛行機好きや地理好きの方には興味深い内容でした。

    1.到着した全日空ボーイング747は全長70.5m、幅56.9m
    2.この日は定員515名のところ467名が乗り込む
    3.滑走路の地上誘導係を「マーシャラー」と呼ぶ
    4.ボーイングは1時間でガソリンをドラム缶60本分消費する
    5.夕張メロン、トマト、ほうれん草(合計11トン)が松田聖子さんと一緒に乗ってきた

    これらの内容を上手につなげて中継に持っていく話術は素晴らしかったです。

    ◆4位中継で思い出した札幌時代のエピソード

    4位の西城秀樹さん「エンドレス・サマー」の中継が札幌のグラウンドからでした。ぬかるみのグラウンドに追っかけマンとして立っていたのが、札幌ローカルのタレントとして有名だったMr.デーブマンさん。
    大昔、大学の北海道同窓会に出席した亡き父が、同じく出席していたこの方に、車で送られて帰ってきました。父親が相当に酔っぱらっていたので心配したんでしょうか。初対面なのに親切にしてもらった上に、数日後に手紙とラジオ番組のステッカーと直筆サインが送られてきたのを覚えています。
    再放送画面を見ながら、「そういえばこの人にお父さん送ってもらったよね」と家族でしんみりしてしまいました。
    また、このグラウンドに西城秀樹さん応援団として、札幌の老舗百貨店だった丸井今井の草野球チームが映っていたのも道産子には懐かしいです。
    歌番組の再放送なんですが、まったく別のところで、ふっと思い出につながります。

    ◆正味55分の尺に収める技術

    番組はこの後も、2位の田原俊彦さんに本番前に前転、側転、バック転をさせるという危ない企画を行い、さらに1位のもんた&ブラザーズに関しては、本番前のドラマーと奥さんとの電話、本番後の北島三郎さん(サブちゃん)との電話を連続して入れるという離れ業に出ました。もんた&ブラザーズの所属事務所の社長がサブちゃんだったというのも当時、話題になっていました。通話中、「ザ・ベストテン」のオーケストラの指揮者だった長洲忠彦さんまで登場するおまけつきで、ランキングした歌手以外の姿を楽しめました。
    地味でありますが、CBCラジオのランキングを中継で発表する等、報道番組で培った中継のノウハウを生放送の歌番組で活用、そこで若いスタッフやアナウンサーを訓練するというパターンが確立すれば、緊急事態が発生した場合の中継でも臆せず対応できます。これってよく考えると「危機管理」みたい。
    私達には楽しい歌番組でしたが、1時間の音楽番組でCMをはさみながらの生中継ですから、失敗は許されません。
    スタッフやアナウンサーのみなさんにとっては、毎週木曜日夜9時が「よく遊び、よく学べ」の場だったんだろうなぁ…。

    また、プロデューサーの山田修爾さん、羽田空港中継の松宮一彦さん、札幌中継のMr.デーブマンさん、「別れても好きな人」のシルヴィアさん、オーケストラの長洲忠彦さんはすでに故人です。そういった方のお仕事も振り返ることのできる貴重な放送回でした。


    %d人のブロガーが「いいね」をつけました。